↑元気だば長寿教訓解説(1-2.くよくよ

<泉重千代120歳長生訓>

  • 万事くよくよしないがよい

←「関川村の民芸特産品.ちぐら」

現代はグルメの時代と言われています。食べる事には全く不自由しない時代です。大平洋戦争とか第二次世界大戦とか言われていた戦争に負けた日本の戦後の悲惨さは当時を経験した人でなければ理解しにくいくらいのものだったそうです。

「欲しがりません勝つまでは…」と言われていた時代が急に終わったので「終戦」と呼んでいますが、勝ち負けで言えば戦争に負けたのだから「敗戦」なのに「終戦」と言い換えたところから戦後日本文化の混乱が始まったのではないかと思います。

「敗戦」か「終戦」は言葉のアヤではありません。時代認識を間違えさせる言葉なのです。太平洋戦争で敗れた日本国に乗り込んで来たアメリカ軍は占領軍なのです。

どう思おうと考えようと日本の国に土足で上がり込んだ占領軍なのです。それを誇り高い大和民族のお役人たちやインテリどもが「占領軍」の事を「進駐軍」とおだてた「進め進め兵隊進め」と日本国民を戦争に駆り立てた「輩」からの解放軍であるかのように言った言葉が「進駐軍」なのです。

戦後70数年も経って、そうした事を言う人は余程のアホか右翼ではないかと思われます。

あの忌まわしい「広島」「長崎」の`ピカドン`は戦争を終わらせるために落した爆弾、という事を主張する声があるようですが、事実は違います。

アメリカが「ベトナム戦争」でやったのと同じような市民無差別の皆殺しの爆弾でありそれぞれに違う種類の「核爆弾」だと言われています。つまり、核爆弾の爆発威力の実験に使われた爆弾に過ぎないのです。

「広島」「長崎」の核爆弾投下の前にすでに白旗をあげていた日本の提案を無視していたのはアメリカの「核爆弾」の開発の時期を待っていたからだと言われています。

いずれにしても戦争に負けた事で日本人は飢え死に寸前までに追い込まれた社会になってしまいました。なにしろ国土のすべてが焼き払われたのですから農家には作物が在りません。食べるものが無いのです。

前置きが長くなりました。

人が生きるために絶対必要なのは飲食です。

中国に「医食同源」という、食べる事の中に健康、病気を癒す力がある事を表した言葉があるそうです。そんな大事な「食」について、日本人で一番の長生き記録の方に「泉重千代」さんという人は「腹八分めか七分がよい」と食べ過ぎを戒めています。

そうした食の教訓より上、一番にあげているのが。「万事くよくよしないがよい」です。食べる事、食べ方も大事なのだがそれよりまず大事なのが気の持ちよう・・・元気の気だという事なのです。

気の持ちようとは、ある意味で物事に囚われない、拘らない、「くよくよしない」などと同じような意味に表現されています。

「コダワリ画像」の画像検索結果←Google検索画像

新生物学というジャンルに「千島学説」というのが在ります。その中に「気血動」という言葉があります。

「気血動」でいう所の「気」とは「精神、こころ」の状態の事を表しています。

血とは文字通り血の事ですが   肉体と言う意味もあります。

「動」とは運動の動の事です。動く、活動するという事ですもありますね。

  そうした「気血動」のバランスが取れている事が健康で居られる条件だという考え方を「千島学説」では強調しています。

つまり、人が元気でいられるには、精神と肉体と運動の仕方に調和がとれている事が大事だという考え方なのです。

そうした考え方に立って、日常で起きる事柄・・・万事に、くよくよしない、という事は「細かい事にいちいち気を病むな」と言う教えにも通じる言葉だと思います。

「無」の境地などと言う言葉もありますが、日常の心持を「無」でいられる事はなかなか出来にくい事だと思います。

そうではあっても、あーだ、こーだの、こだわりを持たずに今、直面している物事に当たれ、対応しろ、集中しろ、という事なのかも知れません。

スポーツに「たら、れば」は無いとよく言われます。

しかし、これはスポーツに限った事ではないと思います。人生全般がそうだと思います。

「スポーツ画像」の画像検索結果←Google検索画像

「たら、れば」とはあの時、こうだったら、こうすればよかった…と言う時の「たら、れば」のことを指しています。起きた事、済んでしまった事をとやかく言う事、思う事は止めましょうという時の「たら、れば」なのかも知れません。

「おまえ長生きするよ」と言われる人は、その人の心の持ちようというか考え方、に何のこだわりもない事を指しています。くよくよ、しない、何の「拘り、わだかまり」もない生き方をしている人が「長生き」するという事なのでしょうか。

自分にとって都合のいい事はよかったよかったと想えばいいのです。都合が悪かったら、ついていなかっただけなんだと、すぐに諦められる考え方が出来る事でもあるでしょうか?。

過ぎた事をとやかく言っても思っても仕方ありません。

今、出来る事を確かにこなしていく事が、次に繋がる事だと思います。

「くよくよしない」とはそうした心持を常に持っていなさいという事だと思います。

別に、長生きなんかしなくても、、、という人がいたとしても、現代は「超」と言う字が付くくらいの高齢長寿社会になっています。

どうせ長生きするなら、くよくよ悩まずに健康でいたいと思います。

  

    

↑←解説原本を見る       ページ先頭に戻る↑  

 

                

 

投稿者: genkida

東京で人生半ばを過ごした沖縄人が雪国で隠遁生活をしています。 趣味 火遊び DIY.  家庭菜園 苔玉盆栽(初心者) ーひとこと、ふたこと、人生観ー 人生は一度きり、今ある時間が全て。 過ぎてしまった時間は絶対に取り戻せない。 人や社会への想いは人の頭脳の中だけにしか存在しない。 人の頭脳の中に在る想いの一端をネットの世界には残せる...。 その記録は人類が存続する限り、残り続ける...........................?。 宇宙の彼方に見える星葛ほどに小さく無数にあるネット情報。 さまざまに人の想いが詰まったネット世界の記録。 仮の仮、偶然に未来の人に発見された時、少しでも役にたつ記事.記録を残したい。 未来の人でも理解できるような記事が綴れるのだろうか・・・。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中