健康長寿 教訓解説(8.とし…

「歳は忘れて考えない」

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泉重千代氏の「長生訓」の8項目にある言葉です。

「歳は忘れて考えない」・・・

人は齢(よわい)を重ねてくると、ついつい歳だから、、、と自分が高齢であるために衰えつつある体力、気力の事を弁解する傾向があります。

そうした事を戒めるというか「歳はとっても気は若い」という意識を持つことを長生訓としてすすめているのではないかと思います。

この事はこの「長生訓」の冒頭項目にある「万事くよくよしない」と同じように人の気持ち、心理、精神面の在りようが健康管理には大切だという事を表していると思います。

「想い、思う」事は人間だから出来る頭脳の働きだと考えられます。植物やペットなどにもそうした「気持ち」の「気」が在るのではないかと言われています。

しかし、人間と同じような言語を持たないために具体的なその時々の感情、や気持ち、を表す事はしません、出来ません。出来るのは人間だけ、なのです。

医学的には健康管理の`要`は、栄養と運動だと言われています。新生物学で言われている所に「気.血.動」の「気」の部分が大事だという事を唱えない傾向があります。

近年は病院の中にも「心療内科」というのがあって「心療」・・・心の在りようの大事さが分って来ては、いるようです。

冒頭で紹介した「・・・は考えない」の部分は心の在りように関わる言葉だと思います。

日本語には気持ち、心持などの精神面に関する言葉がかなりあります。先ず頻繁に使われている言葉のひとつに「気持ち」と言うのが在ります。その「気」が付いた言葉を調べて見ましょう。

「気」から始まる言葉には「気合い」「気力」「気心」「気質」「気炎」「気色」…など色々な言葉があります。

「勇気」「堅気」「のん気」「空気」などどちらにしても、肉眼では見えない事、現象、心持、の事を表す事が普通です。

それらの中で「空気」を読む、という言葉には「雰囲気」の「気」を感じるような意味合いがあると思います。つまり、見えない事柄を見る事を「読む」と言い現わしています。

ある学者が「見えないモノは無いのと同じような事だ」と断言しているのを聞いた事があります。

「星空」ではないですが「昼間の星はみえないけれど在るんだよ」という仏教の教えがあります。

「見えない」事は「無い事」とするのを「唯物史観」とも言うそうです。

「唯物論」「観念論」という哲学があります。哲学とは「モノの見方考え方」の事だと言われています。見えないモノ、見えない事は無い事、という考え方は唯物論でしょうか、観念論でしょうか?

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少し難しい理屈になってしまいますが、夜空の星明りは光が進む速さを基準にして、○○光年という言い方をしています。

人や動物、植物が受ける「光」は明るければすぐにいろいろな物を見せてくれています。しかし、夜空の「星」明りは○○光年と言われるようなはるかに遠い世界から届いた光なのです。つまり、光の速さであっても○○年もかかるほど気が遠くなるような距離の事を表しています。

角度を変えて言えば○○年もの過去の光、私達は見ているという事になります。「今」自分の目で見えているのに見えている光は「過去」の光、という難しい理屈になっているのです。

懐中電灯の明りは今の明り、光です。家の中の蛍光灯やLED.の明りも今の光、なのに星空の星の光は過去の光というなんだかややこしい、事になってしまいます。

○○光年という時の距離は時間の長さでもあります。「歳は忘れて考えない」という言葉の中にある「歳」とはこの○○光年という時間と共通する言葉のようにも思えます。

「現在、過去、未来」と続いていく時間の流れは誰にもとめられません。過去に戻る事も出来ません。未来を見る事も知る事も出来ません。出来るのは。予測する事だけです。

近年はコンピュータの発達でこうした予測はコンピュータ予測が圧倒的に多くなっているようですが、あくまでも予測、であって、そうなる、と確定した事ではありません。

そうした事の中に気象予測というのが在ります。地球規模での気象予測には地球を回っている多くの人工衛星から送られてくる観測資料が多く含まれているそうです、それらを基に過去の経験値も加えての予測になっています。

コンピュータは人が入力した膨大な情報を元にこうなればああなる、といった予測の連続です。予測という言葉通りに予めわかっている数値で測るという事でもあります。

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一方で人間の「勘」には数値では計れない、経験した事などから得られる「印象、ひらめき、思い付き」の様な事があります。

「歳は忘れて考えない」と言われるところの「歳」とは見えない事なのです。平均寿命の寿命とは多くの人間が生まれ落ちて死ぬまでの間の期間を総人口の数で平均化したものです。

平均とは生まれたばかりの人と100年も生きていた人の間を取った数値です。0と100という数字を足して人数の2という数字で割り、均した数字は50という値になります。平均というのはそのような事なのです。

寿命の計算値はそれほど単純ではないようですが、似たような事なのです。

50という数字の場合を例えにすると、たまたま50になっているだけで、平均値の50歳という数値の歳まで生きて居られる保証はありません。

事故死があったり、病死があるからです。

人は普通であれば自分の意思で死ぬ事はほとんどありません。なのに平均寿命の「歳」になる以前に死ぬ事があるのです。

例え、運よく、平均寿命をはるかに超えた年齢まで生きられたとしても、ずっと生きて居られるわけでもないのです。

人が死ぬまでの寿命、生物学的寿命は80プラスマイナス15というかなりアバウト、適当な数字なのだそうです。

つまり人の寿命は分らないのです。分からない事を、分からないとハッキリは言わない傾向があるのが現代の医学です。

「歳」の事は誰にも判らない事なので、分からない事を想い煩うより、考えない方がいい、というのが「泉重千代氏の120歳長生訓」の中にある「歳は忘れて考えない」という事なのではないかと考えられます。

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投稿者: genkida

東京で人生半ばを過ごした沖縄人が雪国で隠遁生活をしています。 趣味 火遊び DIY.  家庭菜園 苔玉盆栽(初心者) ーひとこと、ふたこと、人生観ー 人生は一度きり、今ある時間が全て。 過ぎてしまった時間は絶対に取り戻せない。 人や社会への想いは人の頭脳の中だけにしか存在しない。 人の頭脳の中に在る想いの一端をネットの世界には残せる...。 その記録は人類が存続する限り、残り続ける...........................?。 宇宙の彼方に見える星葛ほどに小さく無数にあるネット情報。 さまざまに人の想いが詰まったネット世界の記録。 仮の仮、偶然に未来の人に発見された時、少しでも役にたつ記事.記録を残したい。 未来の人でも理解できるような記事が綴れるのだろうか・・・。

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