書いて考えて 繰り返しの秘訣

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1年の計は元旦にあり・・・。

言い古された諺、格言です。
一方で「今年こそは今年こそはと、年の暮れ…」という嘆きの想いがあるのも人情なのかも知れません。
何故なんでしょうね?
やりたい、という想いがホントの自分の想いではなかったのかも知れません。

かつての流行語に
「いつやるの?」「今でしょ!」
と言うのがありました。
今、やる、という英語は「DO IT NOW」だそうです。
略して「DIN.」・・・に なるのでしょうか。

「DO IT NOW」を略した「語」はあまり聞きません。
「DO IT YOUR SELF」はDIY.という略語は定着しています。
DIY.とは「ドウ.イット.ユアセルフ」自分の事は自分で・・・という意味だそうですが。

「今でしょ」という言葉が単なる流行語でしかないとしたら
今、やる事の「大事さ」はあまり大事ではない、という事になってしまいます。

それでは、今、やる事にどれ程の意味があるのかを考えて見ましょう。
アナタは腕時計をしているでしょうか?

腕時計は単なるファッションなのでしょうか?
女性用の腕時計にはかなり小さいのがあります。
時計の文字盤の針の位置や時刻が読み取りづらいのではと思えるくらい
小さい腕時計が在ります。

そういうのはまさにファッション、アクセサリーという性格の時計だと
思います。
今の時間を見る気になれば見る事ができる、という程度の時計なのです。
昨今の文庫本や新聞の文字はかつての記事より大きくなっています。

文字を大きくする理由はなぜ、なのでしょうか?
簡単に言えば印刷文字を読み取る人の視力が昔の人より衰えている事を裏付けているのではないかと考えられます。

学校などの卒業式でよく歌われていた曲に「ホタルの光」と言うのが在ります。
大学受験を控えた世代のころに「蛍雪時代」という雑誌がありました。

「蛍雪」とは「蛍の光 窓の雪…」という「ホタルの光」という歌曲の歌詞の一節を略した言葉だと考えられます。

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江戸時代に活躍した二宮金次郎(二宮尊徳)という人は昼の明るい時間には本を読んで勉強をする時間が無かったそうです。
ですから、昼間の仕事を終えた後に灯りをつけて本を読んでいた時に
明りを点ける油がもったいないので早く寝ろ、と言われていたくらいだそうです

灯油の油代がもったいないほど貧乏な時代があったんでしょう。
そんな時代に雪が積るほど寒い季節には夜でも
窓を開けると月明かりならぬ雪明りがさしていたそうです。

この雪明り、とはものの例え、比喩ではあると思います。
窓にガラス戸が付いていない時代に窓を開けては積雪の風が寒くてとても本を読むどころではないと思います。
そのくらいの明るさでも本が読めるほど視力が良かったという事なのですね。

ひと頃テレビで活躍していた人気者にアフリカ.ギニア出身の「オスマン サンコン」さんという人が若いころは視力が「8」も在ったというのを聞いた事があります。
普通の場合の視力とは遠くに在るモノがどのくらいハッキリ見えるかを計るモノサシの事です。

逆に近くのモノがぼやけて見えるようになるのは普通は「老眼」と呼ばれています。
つまり視力がいいという人は望遠鏡のようなメガネ、コンタクトレンズを顔、眼につけているような(裸眼で)見え方がする人の事だと言われています。

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ハナシが長くなってしまいました。
今、見る.見えるという事は夢想、夢見とは違う事は当たり前なのですが
今やらないで「いつやるの?」と言う場合の 今、ではない場合の想いや考えは
夢想、夢見と同じ事だと思います。

どれ程自分のアタマで考えた事であっても 今、やらなければ(行動に移さなければ)見えていないのと同じ、という事でもあります。
つまり、考えた事は実行する事で現実(今)に成るという事なのです。

例え失敗したとしても
考えた事をやってみるから検証(確かめる事が)できるのです。
何事もやってみないと分からないことは多いものです。

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「一年の計は元旦にあり」という格言のハナシに戻しましょう…。

せっかくの年頭の計画が三日坊主に成る事は少なくありません。
この三日坊主とは自分が決めた事が続けられないという事を指しています。
なぜ続けられないのでしょうか?

三度の飯より好き…という言い方が在ります。
仕事などが忙しくて毎日毎日三度の飯を食べられない人はいるかも知れません。
それでも腹が減っては戦(イクサ)は出来ぬ、と言う諺のように
好き嫌いなく飯を食うのが普通の人なのです。

いわゆる、三日坊主になる人はそのような好き嫌いなく食べる飯のような
計画を立てられない事にその原因があるのだと思います。
つまり、あれの為、これの為、という「たてまえ」だけの目標をたてている、と考えられます。
よく「建前と本音」と言いますがあの建前です。

あなたの「一年の計」は建前だけになっていませんか?
人は真に自分がやりたい事しかやらないのです。出来ないのです。
「一年の計」を建てる前に今迄生きて来た年月の中で自分が普通に出来ていた事はなかったかを考えて見ましょう。

普通に出来ていた事の中に
アナタがホントにやりたい事が含まれていると言われています。

その後でこれからやりたい事リストを書き出して見るのです。
箇条書きにしてペンで紙に書いて見るのです。
50項目書き出すといい、と言われています。

どんなつまらないと思える事でも紙に書きだすのです。
何もない、という人がいるそうですが
それでも無理やり考えてみるのです。

無理やり考える事にも意味があると言われています。
アタマは生きているうちに使え、とよく言われるのはその考える事を指しているのです。

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自分のアタマで考え出した50項目を最低でも一日の間をとって
改めて読み直してみるといいでしょう。
そうすると見えて来る事がある、はずです。

私が、俺がホントにやりたい事はこの中にあるの?
もし無いとしたらどんな計画を立てても先ほど言った「たら、れば」の
建前だけになってしまいます。

例えば、
もし文字がうまく書けるようになったら、うまく書けるようになればという
「たら、れば」の計画では
建前だけなので間違いなく三日坊主になるという事なのでしょう。

苦手な事を鍛えるより
得意な事を精進、努力する事が大事なのです。
人生には大学受験のような「苦手克服」など要らないのです。

人間社会はフェアな世界ではありません。
一生懸命頑張った人が必ず報われるという事はありません。

人生は自己責任です。
だから出来る事を自分のチカラで「いつやるの?今、でしょ!」なのです。
人は先延ばしをする事で自分を守ろうとしているそうです。

今在る自分が嫌であっても今、元気でいられている現実を否定したくないからでしょうか。

「そのうちいつか」という「先延ばし」をするのが本能であることを承知したうえで
今出来る事、今やりたいことを少しずつ続ける事で道ができるのです。

とりあえず歩かなければ何を考えても思っても前には進みませんからね。
三日坊主を嘆く必要はありません。
「朝令暮改」は悪い事ではありません。

「朝」決めた事でもやって見て「暮れ」にダメだと分かったら改める事を戸惑ってはいけないのです。

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三日坊主が悪いのではありません。
三日やって見たからダメだと分かったのです。

続けられないというのは自分のためになっていない、という事を知る事なのです。
ほんとにやりたい事しか続けられないのです。

やりたい事を続けたからこそ出来上がった技量というのがあるのです。
ほとんどの職人さんの技量が優れているのは同じ事を続けた結果なのです。

もう一度言います。
三日坊主がダメなのではないのです。
三日も続けたからこそ分かって来るのです。
分かったから止めて、お終いではなく、分かった事を改め、違う方法でやり直せばいいのです。

このやり直しは「いつ?」でしょう、「今!」でないといけません。

そのうち、いつか、という時間はありません。時間は今しかないなのです。
過去と言う時間には戻れません。

そのうちと言う時間が確実に在る、という保証はないのです。
この先、いつか、の事が分からないから「占い」があるのです。
くどく、なってしまいました。

今、を大事にしっかり生きて行きましょう。

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↑元気だば 長寿教訓解説・6)散歩

健康長寿の「長生訓」 自分の足で、散歩に出よう」

健康のために歩きましょう、とはよく言われている事です。

人は自分の足で歩けるから動物と言えるのだと思います。寝たきりの人で食事もろくに出来ない人の事を植物人間.と呼んだりします。現代の医療が産んだ延命処置のせいでもありますが。

何らかの事故で自分の足で歩く事が出来なくなった場合は別ですが、病気のせいで歩けなくなった人の大半は他人に車椅子を押してもらう事が多いと思われます。

つまり、自分の足で歩けない、いわゆる介護された状態の人が多いと思います。

日本では年齢が40歳になると「介護保険」と言う名の税金を支払わされます。国民皆保険という考え方の「国民健康保険」と似たような制度です。

介護の必要な人を健康な国民みんなで支え合おうという趣旨の制度だそうです。

「介護保険」金を払っているのだから介護を受けられる身体になりましょう、という人はいないと思います。それでも保険があるから病院にかかる、と言う考え方はあるようです。

「自分の足で散歩に出よう」とは、歩く運動は老人になっても「介護」されずに済む、つまり健常者でいられる秘訣の一つなのだという事です。

「死ぬ事を忘れた日本人」などと言われるくらいに超高齢社会になった時代です。「日本ってお年寄りの国だったんですねぇ・・・」というCM.があったりました。それくらいに年寄りが多い、社会になっているという事ですね。

長く生きてはいても健康でなければ人生はつまらないものだと思います。

「いや違う!少しでも息をしているだけで身内にとっては意味がある、と言う主張もあるそうですが、本音でしょうか?

人が介護を受けながら生きながらえている事をとやかく言うつもりは全くありません。ありませんが、どうせ生きていられるなら、健康でありたい、と思うのは人情というモノです。

昔から言われている言葉に「ピンピンコロリ」と言うのがあります。

生きているうちはピンピンしていて、死ぬ時は長患いしないでコロリと逝きたいとの思いを例えて言った言葉です。

山形県にある通称「山寺」の山の中腹あたりに在る小さいお堂に「ピンピンコロリ」の願いが叶うという「ころり往生阿弥陀堂」と言うのがあります。

なんでも「コロリ往生阿弥陀如来様」のご利益があるのだとか…。

いつごろの建立なのか分かりませんが昔も今も人が往生する頃の想いは一緒だったようです。それが人間の本音なんでしょうね。

老いて衰え、長患いしたとしても天寿を全うさせてあげたい・・・との想いは建前なのです。人も老いたら枯れていく植物と同じように静かに息を引き取って行くものです。胃婁だ点滴だと余計な事を医療がしています。

現代の介護施設はむかしの姥捨て山なのです。そんな姥捨て山には居たくない、という年寄りのために在宅介護という言葉もあるようです。在宅介護は身内に介護と言う大きな労力を強いる事にもなっているのに…。

身内の介護を否定する事は人の道に反する考え方なのかも知れません。どうせなら生きているうちは元気でいて欲しいのです。

在宅介護の問題は超高齢社会とにあっては年寄りが年寄りの面倒を見るという現実があるのです。

自身が介護を受けてもおかしくない年齢になって、実の親でもない、連れ合いの父親.母親の介護を強いられているお嫁さんの例も少なくないそうです。

ムゲに「姥捨て山」的「介護施設」には入れられないという建前もあります。しかも「介護施設」へ入れるには厳しい「介護認定」制度があって簡単には施設に入れないという事情がある事での在宅介護になっている、と言う問題もあるようです。

現代の健常者には自分の人生の末期を身内に負担をかけて過ごしたくないという本音の想いが圧倒的に多いと言われているのに…

介護施設で19人もの大量殺人事件が在ってから1年以上経っています。

どう考えて見ても極悪非道の大量殺人に違いはないはずなのですが、「介護」を業としている人へのTV.ニュースインタビュー談話には意味深長な内容が含まれていました。

「殺された身内の方々には同情しますが、犯人の行為の良し悪しについては複雑な想いがあります」と、犯行を完全に否定する意見があったのが気になりました。

この事は障害者の身内もさることながら、障害者の介護を職業にしてはいても、本音の中には人が生きていく事の「意味」を考えさせられることが多いのではないかと思われます。

つまり「本音と建て前」の間に違いがありすぎる、という事ではないかと思えるのです。

社会はこの「本音と建て前」の違いがある事を多数の人々が承知したうえで成り立っているんですが…。

あの悪名高いドイツの国家指導者の「アドルフヒトラー」時代に行われたと言われている異人種(ユダヤ人など)全滅殺人計画「ホロコースト」での犠牲者は20万人とも言われています。

この「ホロコースト」が実施されていた時代に、同じような大量殺人が行われていたというのはあまり知られていません。

「T4」「14f13」作戦と言う文字.記号の意味を知っているでしょうか?

これには当時の非公式な国家的組織が関わっていたと言われています。

先ほど触れた昨年の障害者介護施設での大量殺人事件の犯人はこの「T4」という組織「14f13」計画などの「ヒトラー」の思想をカジっていたとも言われています。

これら「T4」組織とか「14f13」作戦は当時の法律に基づいた事では無かったとも言われています。「ヒトラー」はそうした行為を法律制定をして公けになる事を否定したと言われています。非公式ながらヒトラーの暗黙の了解があっての暗殺行為だったとも言われています。

先ほどから触れている「T4」とか「14f13」などの暗号には「障害者などを生きるに値しない」とか「慈悲殺」という勝手な価値観の非人道的な思想が含まれていたと言われています。

高度に発展したと言われている現代でも何故そうした行為に賛同する人がいるのでしょうか?

それは人間にはそうした非常に難しい「本音と建て前」の考え方があるからだと思います。

介護を必要とする障害者、要介護老人などの介護社会ならではの暴行事件などがあの相模原の施設以外でも時々起き続けています。介護を受けないと生活が出来ない人の中には「老惚け…認知症」の人もいます。

ボケているのに介護士の人を罵るようなことがしょっちゅうあるそうです。介護士といえど、人の子です。言われた言葉に、かっとなって暴行してしまう事があるのだとも言われています。

人生の終わり方の一つに「安楽死」と言うのが在ります。

「生きるに値しない」とか「慈悲」と言う理由として「安楽死」を認める権利が誰にあるのでしょか?

残念な事にそうした理由があると思われる本人にはそれを決める意思.能力が全くない場合がほとんどなのです。

仮に本人の意思があっての「安楽死」であっても法律的には「殺人」になってしまう事があるそうです。現代医療の抱えている「延命処置」などの治療法にはそうした問題もあると言われています。

「自分の足で散歩に出よう」は元気に生きている人のための健康法の一つなのです。

他にもあれをやるといい、これをするといい、というのがいっぱいあります。しかしそうした因果関係の真実はお医者さんでも判らない事だと思います。

「健康と寿命はお天道様」が決めている事だからです。

お医者さんが「薬石効無く」と言う時の後に来る「お迎え」はどこから来てどこへ逝くのでしょうか?

人いいという事をしたらみんなが健康長寿でいられるのなら死ぬ人などいないはずです。

現代日本では「死ぬ事を忘れた」と言われるほどにお年寄りが多いと言われています。 

でも健康長寿の人は言われているほど多くは無いのです。

あの、何でも世界一を認定している「ギネスの長寿記録」では120歳を超えた人はいない、と言われているのです。

ならばどんなどんな健康法も無駄あがき、なのではないかとも思えます。

しかし「人事を尽くして天命を待つ」という格言もあるのです。敵わない事であっても、人がいい、と信じた事はやり尽したほうが本人にとって「納得」のいく人生、人の道ではないかと思います。

「道半ばで倒れたっていいじゃない、自分で決めた道だもの」という言葉もあります。

「生涯現役」!!。倒れるまでは「自分の足で散歩に出よう」・・・。

↓↓↓ネット限定本↓↓↓

http://directlink.jp/tracking/af/1184332/yPBa36Tk/

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火遊びテク?etc.

                                    

「火遊び」のうんちく…。

子供の火遊びは危ないとよく言われます。大人だって火遊びの基本を知らないと危ない事が少なくないと思いますが。

薪を燃料にした「薪ストーブ」というのがどういうモノなのか分からない人はけっこういるようです。小生がも全くわかりませんでした。なにしろ部屋の暖房には灯油ストーブかエアコンしか使った経験がないのです。

「テレビも無ぇ、ラジオも無ぇ、電話も無ぇ、ガスも無ぇ、バスは一日一度来る・・・信号無ぇ、在るわけ無ぇ、俺らの村には電気が無ぇ・・・」

などと唄われていた時代には非電化生活は`拘り`以前に当たり前の時代でした。

あの東日本大震災の被災時はオール電化住宅というのが増え始めた時代でもありました。電気が使えない状態が続いた事もあって、被災者の間で薪ストーブに関心が高まったと言われています。現代では電気の無い生活など考えられませんが。

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ファンヒーターは石油→灯油を使っているのに電気が無いと使えないという、日本独特な暖房器具と言われているそうです。灯油を電気でガス化しないと火が点かない暖房機だからですが。

その石油ストーブでは無く、反射型灯油ストーブに火を点けるような事から、非電化節約的生活を始めようかと「薪ストーブ」に関心を持つ様になった。

調べてみると、すでにいろんな人たちが色々な手法で「薪ストーブ」生活を始めていました。

普通に考えられる薪ストーブとは
暖炉のゆらゆら揺れる炎の前で
ロッキングチェアに揺られながら、時々ワインを片手に読書をしている・・・。

そんなイメージが小生にはあります

つまり家屋内での本格的「薪ストーブ暖房」にはお金持ちの道楽のような暖房器具だった時代があったのです。

そんな「薪ストーブ暖房」を手造りしよう、など、と思った事自体が無茶でした。何しろ火が燃える理屈は知らないし。実際にストーブなるものに火を点けた事もないのですから。

暖炉と言う言葉があるように「炉」と言えば立派なレンガ造りとか鋳物で出来た高級な形が思い出されます。

レンガを組むなんて素人が出来る技ではありません。煉瓦などの材料代も半端じゃありません。

鉄鋼鋳物製の薪暖房器もピンからキリまであります。

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検索していたら、空き缶細工で薪暖房機が造れるという情報を見つけました。

空き缶といってもコーヒー缶やビール缶からペール缶、ドラム缶と色々あります。いきなり大掛かりな事も出来ないのでまずは茶筒のような空缶を細工して割り箸を燃やす事から炎が起きる原理を勉強しました。

化石燃料ではあっても、薪以外に練炭、豆炭などの燃料も非電化の研究素材の範囲内、、、と勝手な理屈で始めました…。

(練炭では有名なメーカーの老舗「ミツウロコ」という会社は倒産ではなく廃業した。練炭の製造販売を止めたそうです…。石炭の時代ではないようです)。

豆炭での暖房が非電化と考えるなら、炭の粉を丸めて造った炭団(たどん)はどうでしょう?。

炭団(炭団)は市販されていません。炭が無い事には炭団どころではありません。市販の炭ではつまらない。手造りしないと・・・。

とは言え、手っ取り早いのは化石燃料のうち簡単に手に入る豆炭に着目しました。非電化なので豆炭での暖房もアリ、か?・・・と。

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安い豆炭を買ってきて燃焼テストをしてみました。
豆炭はその燃えカスである灰の量が半端じゃありません。上掲写真のような形のまま灰が残るのです。原型の形で灰になるのです。

 

火力発電と言われている火力のほとんどが化石燃料と呼ばれています。石炭、石油、天然ガスなど…。

化石燃料の化学的変性燃料に原爆の元でもあるプルトニウムなどと呼ばれている核燃料が在ります。その核燃料を「平和利用」しようと作られたのが原子力発電でした。その燃料はあの非人道的兵器とも言われる巨大なエネルギーが発生する核爆発の原理を応用したモノです。

核燃料の代表はウラン235とか238という物質らしいですが元々は化石燃料と同じ地下資源由来のモノだそうです。

量的には少量でも巨大なエネルギーを発生させられることから省エネ燃料などとも言われています。

地下資源の無い国の省エネ燃料なのだから例え放射能廃棄物が溜まり続けていっても仕方のない「必要悪」と言う事のようです。

「子孫に美田を残さず」という格言がありますが日本政府はドラム缶で放射性廃棄物を子孫に残し続けていくようです。

経済のため…お金のためには処理の出来ない、原発放射性廃棄物を大量に子孫に残していく事に何の懸念もないところに必要悪的「原発」問題の根深さがあります。

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核分裂という巨大なエネルギーが発生する「炉」には膨大な量の冷却水が要る、と言われています。だから原発は海の近くでないといけない、という事のようです。それにしても上掲写真で見られるように開放型とか密閉型とか言われている発電所の「炉」の形は、いろいろありますね。

火遊び暖房のハナシが逸れてしまいました。

昨年末に新潟県糸魚川市で大火が在りました。マッチ一本の火が元ではありませんが火の消し忘れという不始末が大火災の原因でした。

消防標語の中に「初めはアナタにも消せる小さな火」と言うのがあります。

マッチ一本の火では無くても初めはほとんどが小さい火なのです。台所で使われているガスレンジの火も商売用の高火力バーナーであってもガスレンジの火そのものがいきなり大きな火になる事はあまりありません。

「アナタにも初めは消せる小さな火」なのです。

そうした初期消火の備えが出来ていなかったのも「大火」の一因だと考えられます。

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暖房のハナシがまたまた逸れてしまいました。野外での焼肉焼きそばなどのバーベキューでよく使われているのが炭火です。その炭火を熾す、のは意外にたいへんです。

 

この火を熾すという文字は熾火という言葉で見られるように熾く火…炎ではなく火熱の塊りを作る事です。炭火はその「熾火」の代表格です。

そうした熾火とは薪を燃やした経験がないと理解しにくい概念かも知れません。ガスや石油では熾火という現象を見る事ができないからです。

化石燃料でも練炭や石炭などにはそうした熾火状態があります…。

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の写真は空缶で作ったロケットストーブと言われているコンロです。

日本語ではストーブとは暖房器具の事ですが、アメリカでは調理用の加熱器具の事だそうです。

DIY.フアンにはなじみのある「ロケットストーブ」ですがストーブでロケットって何と思います。

ロケットストーブは薪ストーブが基本です。なので燃料には薪が欠かせません。薪って何だ?、火が燃えるってどういう事?ストーブとコンロ・・・知らない事ばかりです.

<炭に火を点けるコツ>  ある燃料会社の広告文からの引用
1.<時間を味方につける>
 炭は急いでいてもすぐには着火しない。事前に着火準備をする、時間をかければ勝手に火が点く。
2.<熱を分散させない>
 火が点きかけた炭は動かすと熱が分散するので火力が衰えます。薪や炭はいじりがすぎると消えることもある。
3.<空気を送る>
 薪や炭が燃えるには空気が必要です。隙間が空くように井桁状、円を囲うように並べましょう。
 火が点きかけたらそっとしておきましょう。隙間に新たに炭を突っ込むと火が消えてしまいます。
 薪や炭の間に空気の道をつけてあげましょう。火が点き始めたら空気を送りましょう。
4.<炎より熾火>
 炭は直火より真っ赤な「熾火」から熱を移しとるようにする。
 小さい炭や濡れていない消し炭などを多く燃やし熾火をたくさん作るようにしましょう。
(小さい炭は表面積が広いので着火しやすい)
5.<火が火を呼ぶ>
 最初の火起こしが中途半端だと火力が弱くて途中で火が消えてしまいます。
 しっかりと最初の炭に着火してから本格着火にしましょう。
6.<紙を燃やさない>
 紙は火が点きやすいが、熾火にはなりません。
 燃えきれない灰になる繊維質が多く含まれています。
 灰がいっぱい出て残ります。最小限度に使いましょう。
 火がついたまま舞い上がるなど調理中にも灰が舞い上がりやすく食材食器を汚してしまう事があります。
 細く小さい枝、割り箸などを大きい炭の上にたくさん置いて、火を点けましょう。

上から火を熾すという理屈は理解しにくいかも知れませんが、意外に着火しやすいのです。炭の周りは熱が逃げないように囲われていると(炭火バーベキュー用の函のように…)火の点きがさらに早くなります。

要は炭火が熾きればいいのです。そのためには灯油と焚き付け用のよく乾いた木切れ小枝があれば時間はかかるが、簡単に火は熾きるのです。

炭火が完全に熾きるまではしばらく灯油独特の匂いがするので承知しておきましょう。灯油を炭や薪にかければ簡単に火が熾きるとは言え、上記6項目の技と合わせた着火法がいいのではないかと思います。

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当たり前のようだが、薪がよく燃えるには燃料の木材がよく乾燥している事が一番です

しかし、薪の場合、湿っている事に気が付かない事が多いのです。湿気た薪を燃やそうとしていると煙が目に染みて泣かされる事が多いはずです。なかなか火が付かず煙が大量に出てしまうからです。

薪の水分が多いと熱で発生したガスがうまく酸化しないので不完全燃焼になってしまいます。薪から発生したガスに水分が含まれているので着火しにくく、煙になってしまうという理屈があるようです。

この事は薪ストーブの煙突から煙が出ているのが、不完全燃焼であることをも意味しているのです。充分に乾燥した薪でも不完全燃焼である事は煙突.煙道内部に真っ黒いススが溜まる事が証明しています。

可燃性ガスが燃え切っていれば一酸化炭素という燃焼排気の炭素成分のススも燃え切る事になる理屈なのですが現実には物を燃やすと一酸化炭素が発生しているのです。

黒いススが炭素であることの分かりやすい例に木炭がありますね。

木炭のあの黒い成分が炭素なので炭と表現されているようですが。この炭でも燃焼しきれていると(火が熾きた後)に白い灰になるのです。

童話の「花咲じじい」のハナシに出て来るあの灰ですね。

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「炭」と「灰」と言う文字はこのような現象を的確に表していて日本語が象形文字だという事を改めて教えてくれます。

「炭」は「灰」になる前は「山偏」が灰という文字の上に付いています。山とはすなわち木の事です。木質が高熱でガス化し、炎に変化する事で山の木が消えて灰になるという文字を表しているんですね。

ロケットストーブは薪が完全燃焼する、と言われているが「スス」「木酢液」が出ます。ロケットストーブは煙が出ないので完全燃焼と誤解されています。

排気煙突の先から煙が出ないから完全燃焼しているのではないのです。最新の自動車の排気マフラーから水分が出ている事があります。燃焼状態がいいと空気中の酸素が何らかの働きをして水分になっているようです。

新しい自動車でも完全燃焼してはいないと言われています。たかが手作りの薪ストーブで完全燃焼などあり得ない事なのかも知れません。

それでも薪の燃焼熱の発生のワリに薪の消費量が少ないという原理には魅力があります。

同じような原理に「ウッドガスストーブ」「TLUD.ストーブ」がありますが火遊びフアンには魅力のある燃焼原理です。

火が燃える時には燃える対象物(木材.竹など)に熱が加わる事で可燃性のガス(気体)が発生します。このガスが熱によってさらに酸化していく反応が燃焼、つまり、炎になって火が燃え上がるという理屈だそうです。

可燃性の物質(このページでは木質に限定)をガス化(気体)させるためにはその木質(木.竹.草.葉・・・)により高い熱が加わるような環境(火を囲う)を整えてやればやるほど激しく燃え上がる事になります。

「粘土とかレンガ、あるいは鉄板などで火熱を囲い燃焼後の排気を煙突で排出する・・・。

1連の物理的に燃焼したガス(一酸化炭素)は高温になるほど強い上昇気流になるようです。ドラフトと言う現象です。温まった熱気には上に昇る原理があります。高温になるほど上昇するチカラが強くなるという事のようです。

この時にも一定の(円筒.煙突などで)その上昇気流の高熱が維持されるように円筒周りが断熱されている構造になっているほど上昇気流もさらに強力になる、という原理があるようです。

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薪暖房は石油ストーブより暖かいとよく言われています。

しかし、エアコンなどのようにスイッチonという手軽さはありません。まして乾燥した大量の薪の入手はマニアでないと苦労のタネでしかありません。

現代社会の富裕層ならよく乾燥させた薪は市販されているのを買えます。ふんだんに燃やせる高級な金属製薪ストーブが使える身分なのです。

屋外でのレジャー目的だけなら煮炊きできる強力な火が熾きればいいのであって、DIY.手造りの薪ストーブがどのような構造になっていようと他人がとやかく言うハナシでは無いと思いますが…。

もっともこの地域などでは完全燃焼ではない構造の5.000円足らずのブリキ製薪ストーブで屋内暖房をやっているお家がけっこうあります。

高級な薪ストーブは使いまわしがめんどうなのだとかでブリキ製であっても充分な屋内暖房能力が在るそうです。

数年に一度の薪ストーブ本体の取り替えが必要であっても、取り換えの手間はかかるが初期費用(5.000円)…、買い換える資金が少なくて済むという事情があるようです。

そうした背景には薪ストーブの排熱にいくらムダが在ったとしても、近くの山林で手に入る薪になるブナとかナラなどの樹木が安く手に入るという事情が在るからだと思います。

しかし、いくら安くつくとは言っても薪材のブナやナラなどの大きい樹木の伐採や丸太伐り、薪割り、積み込み乾燥などはかなりの重労働です。

そうした作業があっても薪暖房の趣味がある人は重労働とは感じないようです。

マニアでは無くてもゆらゆら揺れる「火炎」には捨てがたいモノが在ります。

「キャンプファイヤー」「どんど焼き」などはそうした人間の「火炎」への憧れのような事があるからだとも考えられます。

 

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↑元気だば 長寿教訓解説(5.深呼吸

長生10訓。

泉重千代氏の長生訓の4番目は「目覚めたら深呼吸」です。

深呼吸の意味はよく知られた事なのですが毎日の生活リズムの中で意識してやる人は少ないようです。深呼吸の方法にはいろいろな考え方がありますが丹田呼吸法というのと共通したところも在るようです。

丹田呼吸法とは「座禅」修行時の呼吸法にも似ているようです。

`座禅`修行にも似ていています。
単なる呼吸法ではあるが1種の難行苦行のようにもみえます。

長生10訓でいうところの深呼吸はそうした考え方のものではないと思われます。
人は長い時間同じ姿勢でいると体全体の筋肉がこわ張る事があります。

学校の授業時間や「受講セミナー」などはそうした意味では30~40分くらいの時間が理想的だと言われています。

目覚めた時深呼吸とはそうした考え方の一つだと思われます。

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人の睡眠時間の長さはいろいろだと思いますが、普通には6~8時間だと言われています。

先ほど触れた30~40分に比べるとたいへん長い時間ほぼ同じような姿勢でいるという事になっています。
そういう意味ではそんな長い就寝時間に頻繁に寝返りを打つことが健康維持のためにはいいのではないかと思われます。

しかし、お行儀と言う意味では朝起きた時に枕の位置に脚が在る、というような寝相ではどうかという事はあると思いますが。

元気なお子さんほどそうした寝相の悪さがあるのはある意味、身体が元気な証拠なのかも知れません。
そのような寝相は普通の大人だと寝ている間はあまり変わりがないの場合が多いと思われます。

いくら横になっているとは言っても同じ体勢でいる事は全身の血流が緩やかになるなど就寝モードになっていると考えられます。

ペットとして飼われている犬や猫などは日がな一日寝ている事が多いようです。
その犬.猫が寝起きの時にはほとんど`伸びをしています。時には大あくびもしています。

あくびはある種の身体の緊張状態をほぐすために起きる現象ではないかと言われていますが定かではありません。
そうした`伸び`や `あくびの時は深呼吸が伴っていると考えられます。

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↑元気だば 長寿教訓解説(4.習慣

泉重千代さんの長生訓の四つ目に「やること決めて規則正しく」と言うのがあります。

シルバー川柳の「起きたけど寝るまで特に用もなし」と言うのが在るようにこの項目の意味するところはやる事の無いヒマ人が多いという事でもあると思います。

同じシルバー川柳に「希望なし目標なくて自由あり」と言うのもあります。

定年すぎのお勤めがない人達には「やること」の無い生活をしている人が少なくないようすを表しているようにも思える「川柳」だと思います。

全国組織に「シルバー人材センター」と言うのがあります。この組織の考え方に「高年齢者が働くことを通じて生きがいを得る」・・・というのがあります。

勤め先の会社での定年を過ぎ、一線の職場から離れたリタイア組の人達の事をシルバー世代としているのですが「働くことを通して」と詠われているように働いていない事での生き甲斐.働き甲斐の無い生活をしている人たちがいるという事のようです。

「希望なし目標無くて自由あり」と詠われているように毎日が希望や目標の無い暮らし方をしている人がいるという事なようです。

お勤めをしていない定年、年金世代の一日の時間の過ごし方がそんな「自由」だとは・・・。

「自由画像」の画像検索結果

自由ってやる事の無い事を指す言葉では無いはずです。

自由ってなんなんでしょうか?やりたいことが山ほどある小生には希望も目標もない生活をしている人たちの気持ちはよく理解出来ません。

ハナシを泉重千代さんの長生訓に戻しましょう。

「やること決めて規則正しく」とは、歳をとるとやりたい事の無い人が多くなるという事なのでしょうか?。

良い生活習慣を身につけ規則正しく」暮らしましょうという事ですが、シルバー世代でなくてもそうした事は大事だと思います・・・。

動物の一日のサイクルには朝、陽が昇り夜には眠りにつくというのがあります。現代社会は秋の夜長という言葉もあるくらいに一年中夜更かしをしている人が多いそうです。

人類の経済活動自体も現代は24時間フルタイムで動いている時代です。

むかしは陽が暮れたら眠りにつくのが自然でした。暗闇の世界を動き回るのは危ない目に会う事が増えるからでもあります。

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火を熾す事を発見発明した人類の初期のころは夜の明りは焚き火しかなかったと考えられます。それがろうそくや行燈になり、今日では電力による照明が普通になっています。その電力を利用して作りだされた電池などが明りの元になっているのが普通になっています。

電気のチカラは照明だけではありませんね。スマホなどは電池で動いています。そのスマホを深夜まで操作しているために眠れないとか眠りが浅いという危うい生活を現代人はしていると言われています

生物の中には夜行性の動物もいるようですが多くは暗闇の中では活動しません。それが自然です。

そうした進化があっても、まったく変わっていないような壮大な宇宙の動きがあります。

太陽は永遠とも思えるような核融合という難しい原理で働いている強大なエネルギーを放散し続けています。

その周りを色々な惑星、衛星がグルグル繰り返し回転し続けているという事には変化のきざしも見えません。

そうした変わらない循環、回転にはある種の規則性があると言われています。

しかし規則性とは言っても単純な繰り返しではない所に宇宙の法則の微妙な流れがあるようです。規則的な回転に見えてもその回転はループ状、螺旋的な周り方だと言われています。

一年365日が経っても元の位置に戻ってはいないのです。4年に一度のうるう年、なんてのは人間の都合で考え出されてカレンダーなのであって、宇宙の営みは単純な同じ事の繰り返しでは無い事を教えてくれているのです。

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いくら長寿だと言っても、ギネス記録が示しているようにヒトの生物寿命には限りがあります。

そうした限りある人生でも出来れば健康でいたいと思います。健康長寿を続けるための秘訣の一つに、そうした生活リズムの規則性が大事だという事のようです。

毎日が同じ事の繰り返しのように思える規則性とはなんでしょうか?

稀に単純な規則性で成長しているのではない事を教えてくれる植物もあります。

その代表にタケノコがあります。ある種の竹がタケノコとして成長する時の生態に、一たび地表にタケノコが顔を出すと一日に一㍍とも言われるほど大きく成長をする時期があります。そのタケが持つ特性のある大きさに成長しきるとその伸び方にはほとんど変化が見られなくなります。

繰り返しのサイクルの中にあっても一気に変わる時とゆっくりとした変化を見せる時期があるという事でもあります。

「朝日夕日画像」の画像検索結果google画像コピペ

「一日は長く一年は矢の如し」と詠われるような、変化のない退屈な日々の繰り返しのように感じられていも振り返ってみると「矢の如く」スッと過ぎてしまったように感じられるのが人生です。

悠久の宇宙の時間の中では夜空に輝く様々な星屑たちもそうした産まれては消えていくという、システムの中にあると考えられます。

ある人が人生とは「今」の事である、と言っています。今日の今の瞬間は二度と元に戻す事の出来ない「間」なのです。それだけにこの瞬間を生きるという事を刹那に感じた人がいたようです。せつないねぇという時のような刹那かも知れません。

因みに「刹那」について

「刹那主義」と言う考え方では「一時的な快楽を求める考え方を刹那的な生き方」と言われ「今が良ければそれで良いという生き方」と言う意味に使われ悪い意味の言葉になっています。

本来は「刹那」とは仏教用語の一つで時間の最少単位の事だそうです。先ほど触れた瞬間の間のような時間感覚を指す言葉なのです。せつない、とはスッと過ぎていく一瞬の間のはかなさのような事とも言える言葉だと思います。

例え一時的で今が良ければという事であっても人の時間の過ごし方に文句を言う筋合いはありません。それこそ本人の自由ですから。

でも、よそ様に迷惑の及ぶ事、人が嫌がる行為まで自由でいいという権利は誰にもありません。

例え天皇陛下や総理大臣でも・・・。(70数年前まではこの国の天皇や総理大臣には赤紙一枚で国家に命を預けろという権利を持っていた時代がありましたが)

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「やること決めて規則正しく」という格言は、せっかくある自由な時間を上手に使う事が健康で長生きの秘訣ではありませんか、という事だと思います。

超の字が付くくらいの高齢社会ではあるが、その数にカウントされている高齢者には自分の意思では自由に動けない、生きられない「要介護」の人達がいっぱいいるのです。

「生涯現役」とか「生涯学習」という言葉もあるくらいです、身内に疎まれないように末永く現役でいたいと思います・・・。

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ストーブ、ヒーター。調理、暖房器具。

上に掲載した動画は昨年制作したロケットストーブを今期の冬に備え、燃焼テストをしている所です。

ロケットストーブならではという横に長い煙突は煙突そのものの暖かさを室内暖房に活かすためのモノです。

ヒートライザーから出たくねくね曲がった煙突はアルミ製本来はエアダクト用らしいのですが自由に曲げられるのと長く伸ばす事も出来るという優れものなので煙道として利用しています。

普通の薪ストーブでは非常に危険だと言われているアルミ製なのですが人が直に触ってもさほど熱くありません。だから使えているとも言えるのだが暖房熱の放散が無いという事でもあるので困っている。

「ロケスト」のヒートライザーの方で薪の燃焼熱が吸収されているように考えられます。

だったらヒートライザー外周部がけっこう熱くなっているはずですがまあまあの熱なのです。

ヒートライザー表面熱を測る道具がないのでどのくらいかはここでは説明できません。素手で触れるくらいなのでさほど高熱にはなっていないようです。

という事は薪の燃焼熱がどこかで吸収されていると考えられます。薪の燃焼熱は普通でも300℃は充分にあるはずなのでヒートライザー部が熱くならないのはどこかおかしい現象が起きています。

先ほどから「ヒートライザー」云々しています。ロケットストーブの事が分からない人には分りません、当たり前です。

「ロケットストーブ画像」の画像検索結果 ←google検索画像のコピペ
google検索画像のコピペは投稿元の設定次第でコピペ出来るか否かが分れているようです。コピペされたくない人、著作権に拘る人はコピペ出来ない設定公開法があるようですから是非設定してから公開して下さい。小生のような輩がいますから…

画像で説明出来れば一目瞭然なのですが、それが出来ないのでとりあえず拙い文章で説明してみたいと思います。

ロケットストーブとは薪ストーブのは欠かせない煙突の中で火を熾してその排気熱をストーブ又はヒーターとして利用しているモノです。

煙突の中で火を熾す!?、そうです。ロケットストーブ原理のキモはこの煙道の断面容積が最終出口までほぼ一定(同じ大きさ)である方が燃焼効率が一番いい、と言うところに在ります。

その一定である事が1m足らずの垂直立ち上がりの燃焼煙道のところでアップドラフト現象を起こさせている、という事に通じるのではないかと考えられます。

その垂直に立ち上がった煙道の廻りを強力に断熱、蓄熱材で囲う事でその働きがアップドラフト、上昇気流のチカラを高めてくれます。「Youtube」動画などでよく見かけるペール缶(20ℓオイル缶)に煙突を埋め込みその周囲をパーライトなどを詰めたストーブはその原理を応用して手造りしたモノです。

↑↑これは小生の試作品(缶の中の白いのが断熱性のあるパーライト)

20ℓオイル缶と一斗缶をつないでその中に市販されているステンレス製煙突を繋げて作ってあります。左の小さい丸いところが燃焼室になる部分なのでパーライトをセメントで固めてあります。

「ロケットストーブ」このような焚口と排気口まで一つの煙道になった造りなっている所がミソなのです。オイル缶の立ち上がり煙突部分のことをヒートライザーと呼んでいます

↑↑↑立ち上がり煙突周りに断熱用パーライトを詰めるために同形のオイル缶を逆さにしてつないであります。

ロケットストーブという言葉はマニアの人には当たり前の呼び方になっていますが「薪ストーブ」ジャンルの暖房器具と分かる人はまだまだ少ないようです。

電気を使わないストーブでは石油ストーブが良く知られています。この石油ストーブの場合は煙突というのが使われていません。灯油という化石液体燃料をほぼ完全に燃焼させるので煙や煤が出ないから煙突が要らないのです。

煙突は要らないのですが灯油が燃えた時のガス(一酸化炭素)は出るので部屋の空気が酸素不足になります。そのために時々部屋の空気を入れ替える必要はあるようです。

電気ストーブ、石油ストーブ、電力エアコンなどはそのような事も在って煙突がいらないのです。

火を焚く時の排気ガスが多すぎる事で室外へ排気ガスを出すための煙突が要るストーブの一つに薪ストーブがあります。

この場合の煙突からは排気ガスと共にせっかくの薪の燃焼熱も一緒に室外に出ていると言われています。古いタイプの薪ストーブだと薪が燃焼している熱の70%も煙突からでているのではないかとさえ言われているのです。

もったいないですね。だから普通の薪ストーブの燃料の薪は長い冬の間に軽トラック2台分とか要ると言われているのです。

因みにある家の例を紹介します。二つの大きな部屋をワンルーム状にしているため20畳分の広さの家の暖房に使っている薪ストーブ暖房機の場合、一日当たり20~25㎏の薪を使い切るそうです。

広い部屋なので相当な暖房熱が要るようです。

単純計算でも1日20㎏x30日x6月=2.400㎏と言う勘定になります。2.5トンもの薪を一冬分用意しないといけないのです。

立ち木の薪の切り出し、薪割り、乾燥のための積み込み、はかなりの重労働です。そして待つ事2年・・・趣味や道楽と体力、そしてヒマがないと出来る事ではありません。

そうした事ができない人はそれらの事が処理済みの市販品を買わないといけません。

灯油と比べるとその費用には大きな開きがあります。20畳もの部屋のあるようなお金持ちでなければとても「薪ストーブ」を維持するのが大変な暖房機なのです。

そんなんでも「薪暖房」による暖かさや、ゆらゆら揺れる薪の炎の魅力には捨てがたいモノがある、と言われています。

だからこそ、手造りできる「薪ストーブ」として「ロケットストーブ」が誕生したのではないかと思われます。

 

健康長寿「長生訓」解説

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健康10訓 目次

上記の10訓は泉重千代氏が存命当時、世界最高齢の人としてギネス記録認定されていたころに書いた格言と言われています。

泉重千代さんの世界最高齢記録については紙の生誕時期が江戸時代末期である事からその戸籍の表示事実には問題が少なくないとしています。

何でも世界一を認定している国際的機関「ギネス」は一度泉重千代さんの世界高齢記録者として一度認定した後、取り消されたそうです。

泉重千代さんの世界一記録に限らず歴史というのは過去の事です。記録されたその時代に生きていたという人が現代いるワケではありません。残っている資料を基にあれこれ詮索をし、証拠を並べるのは歴史家個人の考え方なのであって、どんなに信頼のおける個人の「説」であっても確かめるすべはないのです。

なので信憑性の高い説、定説という言い方があります。

という事で泉重千代氏の長生訓の中身の中にも異論もあるようです。

その異論の最たる格言は「健康はお天道様のおかげ」という格言です。現代医学を信奉している人には分らない理屈かも知れません。

「お天道様画像」の画像検索結果←Google検索画像

新生物学の立場では「お天道様」とは自然、宇宙の法則.システムの事を指しています。宇宙の法則とは、私たちが毎日繰り返し、太陽が東の空から昇り西の彼方へ沈んでいくようなる営みのようなことを指しています。決して神がかった考え方ではないのです。

おかげ、という言い方は「感謝」という言葉と同義の考え方でもあります。

いかに科学が進歩しても西の空から東の空方向に太陽が移動していくように見える事は無いのです。あるとしたらそれこそ神がかった感覚か、頭がイカレているのです。

もっとも太陽が東から西へ移動しているという言い方(天動説)そのものもホントは科学的ではありませんが…。

健康に限らず、人の寿命も人の想い、心がけだけではどうにもならない、事実があるのです。

「薬石画像」の画像検索結果    「薬石画像」の画像検索結果←Google検索画像

医学の言葉に「薬石効無く」と言うのがあります。民間薬も含めて医学的に良い、効くといわれている「薬石」が効かないで人が永遠の眠りに入る事が多いのは事実なのです。

人→医学には自然が支配しているチカラ以上の能力は無いのです。

医学者の使う「薬石」などには人が曳いている荷車の後ろを押してあげる程度のチカラしかありません。

それ以上の事は出来ないのです。荷車を轢いている人が倒れたら荷車は動きません。倒れた人の代わりに荷車を轢いてあげたい医者の良心があったとしても一度途絶えた命が復活する事は無いのです。

人の死は医学の敗北ではありません。

「死ぬ事を忘れた日本人」とも言われるくらいの超高齢社会になったとはいえ、ギネス記録(現在の認定記録では117歳)でも分かるように人は遠からず、必ず100%「逝って」しまいます。天皇陛下でも大統領様でも同じなのです。

そうした事は哀しい事です、非常に寂しい事でもあります。永遠の眠りがどういう事なのかは誰にも判りません。永遠の命の事をなんだかんだと言えるのは今、生きている人だけなのです。

どれ程の聖人君子でも逝った後はどうにもならないのです。人生は毎日、息をし、意識があるうちが「華」だと言う事だと思います。

そんなんでは寂しい、つまらないと思うから宗教のような「信心」があるのだと思います。「信心」「信仰」とは人が生きている時だけの心の依りどころなのかも知れません。

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死んだ後では本人は遺体→遺骨以外に残るモノは何も無いのです。残せる記録や業績が在ったとしても全て、過去のモノになるのです。「霊魂」が残ると信じていられるのは生きている時だけなのです。生き残っている遺族の人だけの想いなのだと思います。

人が生きている時の事を記録して残された業績が後に書き換えられる事があるそうです。それも生き残った人がする事、した事であって、死後の世界から本人が現世に蘇って書き換える事などありえないのです。

世界三大宗教の教主のひとりである、イエス.キリストは死後の世界から復活したという聖書の記録があるそうです。そうした記録にしてもキリスト本人が残したモノではありません。その弟子と言われた人達が書き残したものが「聖書」です。

仏教の教祖と言われている「仏陀」は無くなる前に自分の「葬式」はするな、という遺言を残していたそうです。現実はその遺言通りになっていません。遺言の意思すら顧みられていないのではないかと思えるほど「坊主丸儲け」と言われれるほどの「葬式仏教」になっているのが現実です。

キリストが死後の世界からの「復活」いたという記録が信じられる人は幸いだと思います。

そうした事が事実であったといくら宣伝されても、残念ながら、どうにも信じきれません。

 

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