↑元気だば長寿教訓解説(3.お酒

「お酒は適量ゆっくりと」

泉重千代さんの長生訓の三番目にあるのがこの項目です。「お酒は適量ゆっくりと」。

人間にとっての自然の分類の仕方に「発酵」と「腐敗」がある、と言う考え方があります。その理屈でいうとお酒は「発酵」で出来た飲み物、という事になると思います。

発酵と腐敗というハナシの中に納豆の事があります。現代では納豆を食べる食文化は全国に広がってはいますが、もともとは関東地方の食文化だったそうです。

そんな納豆を始めて見た京都出身の方には腐った豆に見えたそうです。外人さんでも食べる事には抵抗がある人は少なくないようですが。私達には日常的に食べているのであの独特の匂いは気にならないのですが。

それでも人によってはそうした納豆の匂いは腐敗菌の匂いなのだと言います。

いずれにしても普通の感覚で言えば、腐敗、つまり腐ったモノを食べればお腹を壊すのは当たり前です。でも納豆を食べてお腹を壊した人がいる、というハナシは聞いた事がありません。どちらなんでしょうか?。

納豆も味噌.醤油などと同じような発酵食品の部類なのでしょう・・・。そうした発酵で出来上がった飲み物の中にお酒があります。

お酒というと、清酒、日本酒のように思う人もいるようですが、お酒=アルコール飲料というのが普通だと思います。そんなお酒には大きく分けて二つの種類があると言われています。その一つに蒸留酒があり、そして醸造酒という二つがあります。

この分類が分かる人は左利き、左党の「通」かも知れません。要するに酒飲みの中でも「通」と呼ばれている人ですね。

発酵の基本はどちらの種類でも同じ行程をとっているそうです。

穀物の中にある炭水化物、でんぷん質を水分でふやかして酵母、麹などを添加すると、炭水化物に含まれた糖分をエネルギーにしながらさらに炭水化物も分解する過程でアルコールが発生するという「発酵」という、自然のメカニズムが働きだすと言われています。

発酵時のある段階ではどんな穀物も(たとえ味噌、醤油でも)アルコール発酵が起きると言われています。

現代の日本ではまだ、個人の趣味であってもアルコール発酵を目的に「発酵」をさせてはならない事になっています。

「進め進め兵隊進め」と言う時代(明治クーデター政府の富国強兵政策の時代)以前には個人が家庭で仕込む「ドブロク」には何の問題も無かったそうです。

「ドブロク」発酵文化は日本が世界に誇れる食文化の一つだと思います。

しかしあの暗黒の時代(戦争をするための費用を酒税で増やそうと自家製ドブロクが禁止された)に作られた法律が現代まで残っているのです。個人が勝手に「ドブロク」を仕込む事は「密造酒」であり、違法なのです。

それが個人の趣味であってもアルコール発酵をさせる事自体が違法なのです。個人の趣味を国家が法律で禁止しているのは世界でも日本だけなのだそうです。

「お酒は適量ゆっくりと」と言われるお酒には世界に色々な種類があります。ワインなどは近年世界的にもポピュラーな飲み物になっていますが民族や地方の文化によってもいろいろなお酒が造られています。

いわゆる「薬酒」の部類になると数えきれないほどの種類があるようですが、「薬酒」になると必ずしも発酵を伴わないで作れることがあるのでホントの意味ではお酒では無いと小生は思っています。

例えば「梅酒」の場合は梅の焼酎漬けなのであって、発酵酒では無いのです。つまり発酵を伴わないからこそ、国税庁は合法としているのだと考えられます。

人類の歴史が始まって以来、人類はアルコールを呑む事で楽しく愉快な心持になるお酒の作り方を様々に発明してきたと言われています。

人がアルコールを飲む事は現世で元気な時に天国に行ったような気分になれる事だと言う人もいます。

「クスリ続けますか?人間やめますか?」などと呼ばれるほどの「中毒性」がお酒にはないからこそ規制される事はないのだと思います。そういう意味では個人の趣味の酒造りを国家が法律で規制するなんぞ、あまりにもセコイ感覚ではないかと思います。

でも「私はコレで会社クビになりましたという広告が在ったようにコレの飲み方一つで人生を狂わせる事もあるようです。心したいと思います。

なので「適量」を「ゆっくり」飲みなさいと言う格言があるのだと思います。しかし、好きな人はコレの「適量」を「ゆっくりと」飲む事がなかなか出来ません。

「お酒」は「現世ご利益」…生きているからこそ飲める楽しみの一つなのです。長生きのためとは言え、お酒の飲み方を制限しないといけないなんて困ったもんです。

もっとも酒は飲むな、との説はどこにもありません。お酒は「百薬の長」とも言われているのですから・・・。

 

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↑元気だば 長寿教訓解説(2.腹八分目

<泉重千代120歳長生訓>

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腹八分目に医者いらずと言う諺があります。

「腹八分目か七分がいい」という泉重千代さんの長生訓はそんな諺通りの事を実行した事での 教訓なのだと思われます。

120歳まで元気でおられた泉重千代さんの10の長生訓の中で 飲食について触れているのは今日の この項目と次回に触れる予定の飲酒についての2点のみです。

世の中には色々な健康法があります。

飲食についての具体的な健康法にも色々なのがあります。 泉重千代さんの長生訓にはそうした飲食の具体例はありません。巷でよく言われる「玄米食」とか「水飲み健康法」とかの具体例がないのです。

あるのは、何それの飲食がいい、というのではなく、 その飲食の仕方についての教訓が在るだけなのです。 食べたい時に食べたいモノをお腹いっぱい食べる事は 幸せ感につながる事なのでその事を否定は出来ないのだと考えられます。

しかし生活習慣病の原因には偏った食事をお腹いっぱい 食べ続けている事が挙げられています。つまり「メタボ」は悪い食生活習慣からきている、という考え方なのです。

そこに「腹八分目」という健康訓に意味があるのだと思います。 「腹八分目」の食べ方については江戸時代にはすでに貝原益軒という人がも養生訓として発表されていたそうです。

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現代の超高齢社会は人々の日常の栄養状態が良くなっている事に原因があるのではないかとも言われています。

それでも、栄養を十分に摂る事と「腹八分目」とは別の事のようです。

美味しいモノを好きなだけ食べて良い、という事では無く、 八分目、という、ほどほどがいいという事なのです。

この飲食の、ほどほどが難しいのですが…。

大相撲の世界の人で長生きした人がいないのは 仕事柄体力をつけるためにお腹いっぱい食べる習慣を若い時に続けた事に原因があるのではないかと考えられているのです。

好きなモノを 好きなだけ食べても病気にならず、何の問題がない人はいます。しかし、そう言う人は例外だと 言われているのです。

食べ物の好き嫌いを言ってはいけません、という考え方もありますが、何がどういけないのかホントは お医者さんでも判ってはいないのです。

そうした個人の好き嫌いは体質ともつながりがあるので具体的に何が良くて何が悪いのかはお医者さんでも判ってはいないと思うのです。

これがいいとかあれが悪いとかのヘタな栄養学を信じているためにかえって健康を害している場合もあると言われています。

普通だと余程の事が無い限り好きなモノを食べ続けてもお天道様、ご先祖様が造った身体がこなしてくれるので問題はありません。

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でも、ほどほどに、というような養生はした方がいいのではないかと言うのが「腹八分目」なのではないかと思われます。

超高齢社会とは言っても健康長寿の人が多いのではないのです。寝たきり、要介護の高齢者も総人口の中に数えられているのです。

「運命」には敵なえないという考え方があります。

それでも「人事を尽くして天命を待つ」という出来る`努力`はするべきだと思います。残念ながら人の健康.長寿の運命がこの先どうなるかはプロの占い師であってもホントは分っていないのだと思います。

事が起きる前に分かるのなら無駄な事、危険な事は誰もしません。苦労しません。でも具体的な日時などは誰も分からないのです。

間違いなく訪れる最後の日がある事実はあるのにです。

人生の晩年に覚悟して生きる、とは最後の日がいつ来てもいい、と言う生き方なのですが・・・。

 

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